日本映画放送 社長メッセージ

 僕の子供のころ、日本は敗戦からやっと立ち直りかけていましたが、まだ世界の七等国と呼ばれていました。僕らは小学校から帰ると、ランドセルを放り投げて近くの森や川に一目散に駆け出しました。太陽が沈むと、急いで家に帰り晩御飯をかきこむと、今度は団扇を手に町の電気屋さんに走ります。そこにはテレビジョンが歩道に向かってデーンと居座っているからです。早く行って良い席をとらないと、大人の背中で何も見えなくなってしまうからです。

 一番前にミカン箱を置いて座る間もなく、三、四十人の大人たちが輪となってテレビジョンを囲んで来ます。今夜はプロレスがあるのです。やがて力道山が登場すると、町の電気屋に大拍手が鳴り響きます。その瞬間、小さな白黒テレビはそこに居るすべての人の心を吸い取ります。僕ら子供たちはもう何も目に入りません。虜になったようにただ一点を凝視しています。ハラハラ、ドキドキ、力道山の空手チョップが唸るたびに胸がキューンと熱くなってきました。

 その頃、テレビは夢でした。

 それから幾十年か経って、日本は一等国と呼ばれるようになりました。生活は便利になり、美味しいものは食べられるようになりましたが、気がつくと町の片隅から何かが欠けているような気がしてなりません。秋になると七輪でサンマを焼く匂い、火の用心の拍子木の音、熟れた柿の口に広がる味、そんな日々の生活の彩りとも呼ばれるようなものが、いつの間にか消えていってしまったのです。それと一緒に、テレビジョンから“夢”が消えていきました。

 今、現実の情報の洪水のなかで、正直、僕らはアップアップしています。いつも緊張を強いられています。たまには縁側でごろりと横になり、豆腐屋のラッパでも聞きながらウトウトとまどろみたい、そんな一日の一齣に日常の情感があるのでしょう。人はそれがあるから生きられるのでしょう。

 僕らはとっても小さな放送局です。でも、だからこそ、昨今は地上波の総合編成ではなかなか出来にくくなった、町の片隅に匂うささやかな匂い、季節のそよぎ、生活の一齣一齣に漂う情感、ゆったりとした空気に包まれる安心感、そんなものを提供し、視聴者とともに共有したいと望んでいます。そこにはきっとテレビジョンが置き忘れてきた、小さな“夢”があると思うから・・・・。

代表取締役社長 杉田 成道

プロフィール

代表取締役社長 杉田 成道

1943年、愛知県豊橋市出身。慶應義塾大学卒業後、1967年にフジテレビ入社。
1973年「肝っ玉捕物帖」で演出家デビュー。1981年から、22年間続いたドラマ「北の国から」を演出。1999年放送「少年H」(文化庁芸術祭テレビ部門優秀賞ほか受賞)、2004年放送「海峡を渡るバイオリン」(文化庁芸術祭テレビ部門芸術祭優秀賞ほか受賞)など多くのテレビドラマの演出を手掛ける。
映画監督作に「優駿 ORACION」(1988)、「ラストソング」(1994)、「最後の忠臣蔵」(2010)。2012年にはAKB48 25 thシングル「GIVE ME FIVE!」のミュージックビデオを演出。
2014年公開アニメーション映画「ジョバンニの島」の原作・脚本、フジテレビ開局55周年記念ドラマ「若者たち2014」や2016年時代劇専門チャンネルで放送の〈藤沢周平 新ドラマシリーズ〉「果し合い」(国際的TVアワード「NEW YORK FESTIVALS WORLD'S BEST TV & FILMS Drama Special部門 Gold World Medal(金賞)を受賞)の演出も手掛ける。
現在、株式会社フジテレビジョン エグゼクティブ・ディレクター。
著書に「願わくば、鳩のごとくに」扶桑社文庫。

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